国体を守るために、犠牲になった。国家ではないし、家族でもない。
降伏の条件も、国体の護持。無条件降伏ではない。
家族制度を守り、優先順位を考える能力を養う。
統制経済、上流階級と下層階級に大きく分かれた社会。
ただ、目前の享楽に溺れて、国防を他人任せにするところから、亡国は始まるらしい。
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日本会議 戦前回帰への情念 (集英社新書) 新書 – 2016/7/15
山崎 雅弘
(著)
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安倍政権と日本会議は、なぜ「日本国憲法」を憎むのか。
欧米メディアが「日本最大の右翼組織」と報じる日本会議。安倍政権の閣僚の半数以上が日本会議と直接的につながる議員団体に属するなか、日本の大手新聞・テレビは両者の関連性をほぼ報じてこなかった。
本書では日本会議の“肉体”(人脈・組織)と“精神”(戦前戦中を手本とする価値観)、教育や靖国をめぐるその“運動”を詳説し、日本会議と安倍政権が改憲へと傾倒する動機が、かつて日本を戦争に導いた国家神道を拠り所とする戦前回帰への道筋にあることを指摘。気鋭の歴史研究家が日本会議を近視眼的な“点”ではなく、史実をふまえた“線”としての文脈から読み解く、同組織の核心に触れるための必読書である。
[著者情報]
山崎雅弘(やまざき まさひろ)
一九六七年、大阪府生まれ。戦史・紛争史研究家。雑誌『歴史群像』『歴史人』等に戦史の分析研究記事の寄稿多数。二〇一五年九月に刊行された著書『戦前回帰 「大日本病」の再発』が各界より高い評価を受ける。膨大な資料をもとに、俯瞰的な視点から現代日本を鋭く分析する論客である。著書に『侵略か、解放か!? 世界は「太平洋戦争」とどう向き合ったか』ほか多数。
欧米メディアが「日本最大の右翼組織」と報じる日本会議。安倍政権の閣僚の半数以上が日本会議と直接的につながる議員団体に属するなか、日本の大手新聞・テレビは両者の関連性をほぼ報じてこなかった。
本書では日本会議の“肉体”(人脈・組織)と“精神”(戦前戦中を手本とする価値観)、教育や靖国をめぐるその“運動”を詳説し、日本会議と安倍政権が改憲へと傾倒する動機が、かつて日本を戦争に導いた国家神道を拠り所とする戦前回帰への道筋にあることを指摘。気鋭の歴史研究家が日本会議を近視眼的な“点”ではなく、史実をふまえた“線”としての文脈から読み解く、同組織の核心に触れるための必読書である。
[著者情報]
山崎雅弘(やまざき まさひろ)
一九六七年、大阪府生まれ。戦史・紛争史研究家。雑誌『歴史群像』『歴史人』等に戦史の分析研究記事の寄稿多数。二〇一五年九月に刊行された著書『戦前回帰 「大日本病」の再発』が各界より高い評価を受ける。膨大な資料をもとに、俯瞰的な視点から現代日本を鋭く分析する論客である。著書に『侵略か、解放か!? 世界は「太平洋戦争」とどう向き合ったか』ほか多数。
- 本の長さ256ページ
- 言語日本語
- 出版社集英社
- 発売日2016/7/15
- ISBN-104087208427
- ISBN-13978-4087208429
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登録情報
- 出版社 : 集英社 (2016/7/15)
- 発売日 : 2016/7/15
- 言語 : 日本語
- 新書 : 256ページ
- ISBN-10 : 4087208427
- ISBN-13 : 978-4087208429
- Amazon 売れ筋ランキング: - 80,865位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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2021年1月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
日本会議の成り立ち、およびその目標と目標達成のための手段がわかりやすく解説してあった。
ただし、時の天皇(現上皇)の、「現行の日本国憲法のほうが大日本帝国憲法より伝統的な天皇の在り方に沿う」という内容の発言を無視し、自分達の主義主張、もっと有り体にいえば権力や利益を優先する日本会議に対し、
あとがきの、
”ただし、日本会議という組織の主義内容や存在価値をすべて否定するような意図はありません。「日本の息吹」を読むと、皇室に関する行事を中心に、日本の伝統文化を守る活動の報告も多数紹介されており、彼らが日本文化の「守り手」という役割の一翼を担っていることがわかります。本来は非政治的な「文化」の維持や存続に関する日本会議の運動については、本書では紙幅の関係上触れてませんが、私も深い敬意を払っています。”
みたいなお為ごかしはいらないのじゃないか。
非政治的な「文化」の維持や存続と筆者はいうが、彼らの手にかかれば「文化」が政治化されるだけじゃないのか?
ただし、時の天皇(現上皇)の、「現行の日本国憲法のほうが大日本帝国憲法より伝統的な天皇の在り方に沿う」という内容の発言を無視し、自分達の主義主張、もっと有り体にいえば権力や利益を優先する日本会議に対し、
あとがきの、
”ただし、日本会議という組織の主義内容や存在価値をすべて否定するような意図はありません。「日本の息吹」を読むと、皇室に関する行事を中心に、日本の伝統文化を守る活動の報告も多数紹介されており、彼らが日本文化の「守り手」という役割の一翼を担っていることがわかります。本来は非政治的な「文化」の維持や存続に関する日本会議の運動については、本書では紙幅の関係上触れてませんが、私も深い敬意を払っています。”
みたいなお為ごかしはいらないのじゃないか。
非政治的な「文化」の維持や存続と筆者はいうが、彼らの手にかかれば「文化」が政治化されるだけじゃないのか?
2016年7月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
日本会議とは、大まかに言えば「生長の家」を大元とした、おぼろげな愛国心を求心力とした団体です。
私は、先に一時在庫がなくなるほど大ヒットした「日本会議の研究」を読んでおります。
そこでは、当時の安保運動に対して、長崎大学で右派として戦った長崎大の学生運動を今だに引きずっており、
初代教祖・谷口雅春の教え~すなわち本当の日本は1945年、敗けておらず、もう一度明治憲法を復活させて、世界で
戦わなくてはならないとする、ある種の「生長の家」原理主義的な考えの人たちがその中枢にいることが描かれていました。
その中で、現在の日本会議の実権を握るのは、谷口教祖から「神の子」と呼ばれていた安藤巌氏であることも
書かれていました。この安東巌氏は、学生の頃、不治の病を「生長の家」の「人間神の子、本来、病なし」という教えを
信じることで完治させ、長崎大学生協議会で初代リーダーとして活躍した人物です。
さてそれらをバックボーンとして知ったうえで、本書を読んでみようと思いました。
これを読んでみて、現実問題として、日本会議の宿願である憲法改正を成し遂げたとしても、
残念ながら、それは彼らの意に反して即座に、日本の壊滅につながると思わされました。
日本会議の憲法改正までの道筋としてはこうです。
「中国をすべての日本人の共通の敵として位置づけ、その脅威に対抗するためには、
すべての日本国民が安倍首相の下で一致団結しなくてはならない」という論理です。
しかしそこで私は思いました。なぜ安倍晋三なのだろうと?
私は、これまで日本会議などを知る前から、安倍総理の国会答弁やTVでの発言を見て、
ここまで頭の回転が悪い男が総理大臣だなんて、ヤバすぎるだろうと、常々思ってきたからです。
国民から安倍ちゃんと呼ばれる人のもとに「国民すべてが一致団結する」なんて、
国民総活躍ならぬ総玉砕しかないだろと感じたのです。
確かに生長の家原理主義者たちにとって、安倍ちゃんは都合のいい「操り人形」なのかもしれません。
しかし本当にこの国の未来を考えた時、憲法改正を成し遂げた後の、木偶人形をどうお払い箱にするつもりなのか?
そもそも学生運動のノリで、ずっとしぶとく活動を続けてきた人たちですから、目標達成後のことなどは、
ほとんど考えていなのかもしれません。また今度こそは神風に守られると考えているのかもしれません。
そういうわけで、安倍総理のもとに「国民すべてが一致団結する」ということは、日本人すべてが思考停止状態にでも
ならない限り、不可能なのです。
つまり仮に政治やメディアを自在に操ったとしても、安倍総理に対して、この人になら俺たち付いていくと思える
人物的資質があるのかどうかというと、答えは全くのノーだからです。
それはヒトラーなどの独裁者と比べても、圧倒的にかけ離れて、カリスマ性もなければ、知性もないからです。
反知性主義などと言われていますが、安倍総理は知性を否定しているというより、知性が欠如しているのです。
かつてダウンタウンのコントでアホアホマンというのがありましたが、私は最近、あれを思い出します。
日本人の空気に流される体質や立場主義と、安倍総理のアホアホマンぶりとが、言ってみればこれから
全面対決していくわけですが、私にはいくらなんでも、日本人にそもそも空気や立場に縛られやすい体質があったとしても、
さすがに、あそこまでアホアホしてる総理に最終的にすべてを託すという気にはなれないのではないかと思えるのです。
ただその場合でも一気に玉砕とはいかずとも、ここまで安倍ちゃんのアベノミクスと、安倍を引っ張ってきてしまった代償は
限りなく大きく、その反動は例え、日本会議の目論みがうまくいかなかったとしても、日本国民全体に大きなダメージを
及ぼすことになるでしょうし、いずれ安倍政権というのは、日本にとってただただ無駄な時間だったと痛感する気がします。
私は、先に一時在庫がなくなるほど大ヒットした「日本会議の研究」を読んでおります。
そこでは、当時の安保運動に対して、長崎大学で右派として戦った長崎大の学生運動を今だに引きずっており、
初代教祖・谷口雅春の教え~すなわち本当の日本は1945年、敗けておらず、もう一度明治憲法を復活させて、世界で
戦わなくてはならないとする、ある種の「生長の家」原理主義的な考えの人たちがその中枢にいることが描かれていました。
その中で、現在の日本会議の実権を握るのは、谷口教祖から「神の子」と呼ばれていた安藤巌氏であることも
書かれていました。この安東巌氏は、学生の頃、不治の病を「生長の家」の「人間神の子、本来、病なし」という教えを
信じることで完治させ、長崎大学生協議会で初代リーダーとして活躍した人物です。
さてそれらをバックボーンとして知ったうえで、本書を読んでみようと思いました。
これを読んでみて、現実問題として、日本会議の宿願である憲法改正を成し遂げたとしても、
残念ながら、それは彼らの意に反して即座に、日本の壊滅につながると思わされました。
日本会議の憲法改正までの道筋としてはこうです。
「中国をすべての日本人の共通の敵として位置づけ、その脅威に対抗するためには、
すべての日本国民が安倍首相の下で一致団結しなくてはならない」という論理です。
しかしそこで私は思いました。なぜ安倍晋三なのだろうと?
私は、これまで日本会議などを知る前から、安倍総理の国会答弁やTVでの発言を見て、
ここまで頭の回転が悪い男が総理大臣だなんて、ヤバすぎるだろうと、常々思ってきたからです。
国民から安倍ちゃんと呼ばれる人のもとに「国民すべてが一致団結する」なんて、
国民総活躍ならぬ総玉砕しかないだろと感じたのです。
確かに生長の家原理主義者たちにとって、安倍ちゃんは都合のいい「操り人形」なのかもしれません。
しかし本当にこの国の未来を考えた時、憲法改正を成し遂げた後の、木偶人形をどうお払い箱にするつもりなのか?
そもそも学生運動のノリで、ずっとしぶとく活動を続けてきた人たちですから、目標達成後のことなどは、
ほとんど考えていなのかもしれません。また今度こそは神風に守られると考えているのかもしれません。
そういうわけで、安倍総理のもとに「国民すべてが一致団結する」ということは、日本人すべてが思考停止状態にでも
ならない限り、不可能なのです。
つまり仮に政治やメディアを自在に操ったとしても、安倍総理に対して、この人になら俺たち付いていくと思える
人物的資質があるのかどうかというと、答えは全くのノーだからです。
それはヒトラーなどの独裁者と比べても、圧倒的にかけ離れて、カリスマ性もなければ、知性もないからです。
反知性主義などと言われていますが、安倍総理は知性を否定しているというより、知性が欠如しているのです。
かつてダウンタウンのコントでアホアホマンというのがありましたが、私は最近、あれを思い出します。
日本人の空気に流される体質や立場主義と、安倍総理のアホアホマンぶりとが、言ってみればこれから
全面対決していくわけですが、私にはいくらなんでも、日本人にそもそも空気や立場に縛られやすい体質があったとしても、
さすがに、あそこまでアホアホしてる総理に最終的にすべてを託すという気にはなれないのではないかと思えるのです。
ただその場合でも一気に玉砕とはいかずとも、ここまで安倍ちゃんのアベノミクスと、安倍を引っ張ってきてしまった代償は
限りなく大きく、その反動は例え、日本会議の目論みがうまくいかなかったとしても、日本国民全体に大きなダメージを
及ぼすことになるでしょうし、いずれ安倍政権というのは、日本にとってただただ無駄な時間だったと痛感する気がします。
2023年12月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
〈皇室の歴史は日本の真髄です。世界に二〇〇近い国々や地域がありますが、我が国の皇室のような、国民統合としての御存在は他国には見られません。国家、国民のために常に祈ってくださる皇室と、皇室を精神的なモデル、もしくは精神的な支柱として仰いで一所懸命働いてきた国民。この皇室と国民が一致団結して紡いできたのが、我が国の国柄です。世界でたったひとつの、かけがえのないこの素晴らしい価値観を守る為に、私もささやかな力ではありますが、皆様方の運動に参加したいと思っております〉(98頁)。
「日本会議の中心的論客であるジャーナリストの櫻井よしこさん」が、2012年にこう提言したそうだ。これにビックリ仰天した。
一つは、私も国民の一人なんだけど、皇室を精神的なモデル、精神的な支柱として仰いで一所懸命働いてきたおぼえがないこと、二つは、櫻井さんはてっきりアジテーターと思い込んでいたが実はジャーナリストだったこと。人間、長生きするものだ。
「万世一系のスメラミコト 天皇を現実に 上御一人として戴き奉り、天壌と與に生成発展して窮まるところなき實體としての皇道を国家最高の指導理念として継承する、スメラミクニ日本の生々たる文化以上に優れた文化が世界の何くにあるといふのだろう。しかしてこのこと自體、日本が世界最古の、人類最高の文化の正統的傳統者、直系的継承者たることの正に現実をもつてする證明たるに外ならないのではないか」(小牧實繁『日本地政学』1942年)。
上記の文章は京都帝国大学地理学教授であった小牧實繁の書いたものだが、ということはジャーナリスト櫻井さんは、いずれ教授になるかも知れないね。
さて日本会議の重要キャラは安倍晋三さんだった。ところが安倍さんは、天皇の言葉を無視していた、と筆者は指摘する。
今上天皇(現在の上皇様)が現日本国憲法の方が、天皇の在り方という問題において「日本の伝統に沿うもの」と述べられたのだが、これを「完全に無視し、日本国憲法の悪いところだけをあげつらい、いかに駄目な憲法なのかを吐き捨てるように吹聴」と批判しているのだ。安倍さんは今は天国に安らいでいるでしょうから、こんな侮蔑的批判にもまぁまぁと和かに対応しておられるでしょうけれど。
もっともこの批判は、舌足らずで的外れだ。もし今、明治憲法が続いていれば、天皇の言葉に絶対服従せねばならぬはずで、天皇がどう言おうと、私は違いますね、と言えるのは現憲法のおかげなのだ。つまり天皇と安倍さんは現憲法の言論の自由を享受しているわけだ。意見の違いをはっきり表明できる現在は、めでたい状態なのだ。だから、筆者の安倍さん批判は的外れ、お二人とも今の憲法で良かったですねと寿ぐところだ。
いやいや実はめでたくないのだ、日本会議の方々には。それは何故か?
明治憲法の方が居心地が良いと信じてるらしいのだ。現憲法を換骨奪胎したいようなのだ。でもそうすると、天皇の意志を無視したり間接的に批判を繰り返した安倍さんも不敬罪だ、大逆罪だなんて炎上するのではと心配になるが。
なんの、心配ご無用。明治憲法下で巻き起こされた天皇機関説排撃、国体明徴運動の主導者達は「天皇は黙って見ておれば良いのだ」という立場に立って天皇主権説を振り回し、恬として恥じていない。例えば、天皇機関説を容認していた昭和天皇が、日頃主権説を唱えている出光海軍少将に下問した。「軍部は自分の意志に従わないのに、主権説をいうのは矛盾ではないか」。すると出光は「時々の事務上のことで天皇の意志に背くことがあっても、陛下は臣らの論議に超越して静観なされたい」と応じたそうだ。天皇機関説のリクツを用いて天皇機関説を攻撃する自己矛盾に全く気づかない出光。この無自覚無反省こそ天皇主権説論者に共通する特性。安倍さん達にもこれは受け継がれているでしょう(松本清張『昭和史発掘4』)。
この時の代表的なアジテーターが蓑田胸喜だ。
だから、櫻井さんも、てっきり同じ穴のアジテーターさんだと思い込んでしまったんだ。
学びの多い本です。
因みに、派閥のパーティ券販売でノルマ以上を果たした議員にはキックバックしていた、という安倍派の卑しいニュースを聞いたもんだから、日本会議ってなんだろうと疑念が深まる。
同じ穴の櫻井さんは、こんなことも言っている。〈たとえば、憲法第三章国民の権利及び義務は、総じていえば、あなたはこういう権利があるから要求しなさい、あなたはこういう自由があるから楽しみなさい、というようなことです。私は権利と自由ばかりを主張する嫌な人間には断じてなりたくないと思っています(192頁)〉。最後の一節の悲憤慷慨には全く同感です。今頃櫻井さんは自民党安倍派の嫌な人間を断じて許すまじと"まなじり"をけっしていることでしょう。
櫻井さんは、アジテータでもなくジャーナリストでもなく、悲しいピエロだったのかと思い至ったのです。ま、見る目がなかったのですね。
ホントに学びの多い本です。
「日本会議の中心的論客であるジャーナリストの櫻井よしこさん」が、2012年にこう提言したそうだ。これにビックリ仰天した。
一つは、私も国民の一人なんだけど、皇室を精神的なモデル、精神的な支柱として仰いで一所懸命働いてきたおぼえがないこと、二つは、櫻井さんはてっきりアジテーターと思い込んでいたが実はジャーナリストだったこと。人間、長生きするものだ。
「万世一系のスメラミコト 天皇を現実に 上御一人として戴き奉り、天壌と與に生成発展して窮まるところなき實體としての皇道を国家最高の指導理念として継承する、スメラミクニ日本の生々たる文化以上に優れた文化が世界の何くにあるといふのだろう。しかしてこのこと自體、日本が世界最古の、人類最高の文化の正統的傳統者、直系的継承者たることの正に現実をもつてする證明たるに外ならないのではないか」(小牧實繁『日本地政学』1942年)。
上記の文章は京都帝国大学地理学教授であった小牧實繁の書いたものだが、ということはジャーナリスト櫻井さんは、いずれ教授になるかも知れないね。
さて日本会議の重要キャラは安倍晋三さんだった。ところが安倍さんは、天皇の言葉を無視していた、と筆者は指摘する。
今上天皇(現在の上皇様)が現日本国憲法の方が、天皇の在り方という問題において「日本の伝統に沿うもの」と述べられたのだが、これを「完全に無視し、日本国憲法の悪いところだけをあげつらい、いかに駄目な憲法なのかを吐き捨てるように吹聴」と批判しているのだ。安倍さんは今は天国に安らいでいるでしょうから、こんな侮蔑的批判にもまぁまぁと和かに対応しておられるでしょうけれど。
もっともこの批判は、舌足らずで的外れだ。もし今、明治憲法が続いていれば、天皇の言葉に絶対服従せねばならぬはずで、天皇がどう言おうと、私は違いますね、と言えるのは現憲法のおかげなのだ。つまり天皇と安倍さんは現憲法の言論の自由を享受しているわけだ。意見の違いをはっきり表明できる現在は、めでたい状態なのだ。だから、筆者の安倍さん批判は的外れ、お二人とも今の憲法で良かったですねと寿ぐところだ。
いやいや実はめでたくないのだ、日本会議の方々には。それは何故か?
明治憲法の方が居心地が良いと信じてるらしいのだ。現憲法を換骨奪胎したいようなのだ。でもそうすると、天皇の意志を無視したり間接的に批判を繰り返した安倍さんも不敬罪だ、大逆罪だなんて炎上するのではと心配になるが。
なんの、心配ご無用。明治憲法下で巻き起こされた天皇機関説排撃、国体明徴運動の主導者達は「天皇は黙って見ておれば良いのだ」という立場に立って天皇主権説を振り回し、恬として恥じていない。例えば、天皇機関説を容認していた昭和天皇が、日頃主権説を唱えている出光海軍少将に下問した。「軍部は自分の意志に従わないのに、主権説をいうのは矛盾ではないか」。すると出光は「時々の事務上のことで天皇の意志に背くことがあっても、陛下は臣らの論議に超越して静観なされたい」と応じたそうだ。天皇機関説のリクツを用いて天皇機関説を攻撃する自己矛盾に全く気づかない出光。この無自覚無反省こそ天皇主権説論者に共通する特性。安倍さん達にもこれは受け継がれているでしょう(松本清張『昭和史発掘4』)。
この時の代表的なアジテーターが蓑田胸喜だ。
だから、櫻井さんも、てっきり同じ穴のアジテーターさんだと思い込んでしまったんだ。
学びの多い本です。
因みに、派閥のパーティ券販売でノルマ以上を果たした議員にはキックバックしていた、という安倍派の卑しいニュースを聞いたもんだから、日本会議ってなんだろうと疑念が深まる。
同じ穴の櫻井さんは、こんなことも言っている。〈たとえば、憲法第三章国民の権利及び義務は、総じていえば、あなたはこういう権利があるから要求しなさい、あなたはこういう自由があるから楽しみなさい、というようなことです。私は権利と自由ばかりを主張する嫌な人間には断じてなりたくないと思っています(192頁)〉。最後の一節の悲憤慷慨には全く同感です。今頃櫻井さんは自民党安倍派の嫌な人間を断じて許すまじと"まなじり"をけっしていることでしょう。
櫻井さんは、アジテータでもなくジャーナリストでもなく、悲しいピエロだったのかと思い至ったのです。ま、見る目がなかったのですね。
ホントに学びの多い本です。
2019年1月14日に日本でレビュー済み
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・日本会議とは何で、日本に住む我々にどのような影響をあたえようとしているか分かりやすく書かれています。
・多くの歴史修正主義の台頭や教育と一部のマスコミの右傾化、ネトウヨの大量発生等々が、概ね日本会議に繋がっているということが示されています。
・そして上記の傾向が、憲法改正という具体の形で戦前(明治ー敗戦)への回帰、天皇元首と軍の復活、主権在民と人権の否定という日本会議の目標を目指したものであるとの警鐘を鳴らしています。
・日本会議の社会への影響と考えられる発言や事実に着目して書かれていますので、歴史的な事実の検証などについては、物足りません。
・断片的ですが、
121ページ:1941年3月文部省「臣民の道」第三章「臣民の道の実践」の引用「皇国の臣民は・・・人倫すなわち人の実践すべき道は、抽象的な人道や観念的な規範ではなく、具体的な歴史の上に展開される皇国の道である」ここでは、人道という概念まで否定しており、当時の日本軍が、「非人道的」な行為を繰り返し行うことができたかその理由のヒントになると述べています。私もこれには合点がいきました。
⇒先日、友人と酒を飲みました。「南京虐殺とか無かったみたいですね」という発言が出ました。ついには、過去に野球少年であった彼は「俺は絶対に右翼やから」というような会話になりました。
世の中の人は、本を読まないのが普通です。国会での議員の発言を尊重するのは普通ですし、今上天皇のすばらしい人柄や態度に触れて畏敬の感情を抱いて当然と言えます。
しかし、従軍慰安婦は強制連行ではなく自由意志であり合法だと、そのようなバカげたことすら信じてしまう。
今の日本は、既に洗脳され切っているような気がします。
⇒この本は、正しく歴史を学習している方々には、刺激の無い内容だと思います。歴史や政権がどうと、そんなことにかかずらわっていられない、普通に忙しくまじめに働いている国民に読んで欲しい本だと思います。
天皇を傀儡する権力者達の独裁国家に立ち戻らないように、自分で考える きっかけになればよいと思います。
・多くの歴史修正主義の台頭や教育と一部のマスコミの右傾化、ネトウヨの大量発生等々が、概ね日本会議に繋がっているということが示されています。
・そして上記の傾向が、憲法改正という具体の形で戦前(明治ー敗戦)への回帰、天皇元首と軍の復活、主権在民と人権の否定という日本会議の目標を目指したものであるとの警鐘を鳴らしています。
・日本会議の社会への影響と考えられる発言や事実に着目して書かれていますので、歴史的な事実の検証などについては、物足りません。
・断片的ですが、
121ページ:1941年3月文部省「臣民の道」第三章「臣民の道の実践」の引用「皇国の臣民は・・・人倫すなわち人の実践すべき道は、抽象的な人道や観念的な規範ではなく、具体的な歴史の上に展開される皇国の道である」ここでは、人道という概念まで否定しており、当時の日本軍が、「非人道的」な行為を繰り返し行うことができたかその理由のヒントになると述べています。私もこれには合点がいきました。
⇒先日、友人と酒を飲みました。「南京虐殺とか無かったみたいですね」という発言が出ました。ついには、過去に野球少年であった彼は「俺は絶対に右翼やから」というような会話になりました。
世の中の人は、本を読まないのが普通です。国会での議員の発言を尊重するのは普通ですし、今上天皇のすばらしい人柄や態度に触れて畏敬の感情を抱いて当然と言えます。
しかし、従軍慰安婦は強制連行ではなく自由意志であり合法だと、そのようなバカげたことすら信じてしまう。
今の日本は、既に洗脳され切っているような気がします。
⇒この本は、正しく歴史を学習している方々には、刺激の無い内容だと思います。歴史や政権がどうと、そんなことにかかずらわっていられない、普通に忙しくまじめに働いている国民に読んで欲しい本だと思います。
天皇を傀儡する権力者達の独裁国家に立ち戻らないように、自分で考える きっかけになればよいと思います。